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コンセプトノート

687. 先行指標

続けるか、止めるか

今朝、『「AbemaTVの先行投資やめない」 増収減益のサイバーエージェント、新事業に手応え』(ITmedia NEWS) というニュースを見かけました。4ヶ月前には『「1年で200億円の赤字」――藤田社長が投資するAbemaTVの“謎”』(ITmedia NEWS) という記事もあり、収益化が不透明な事業に対する経営者の判断に注目が集まっている様子がみてとれます。

始めるか始めないかと、続けるか止めるかの判断は、同じはず。しかし実際には後者の判断のほうが難しく感じます。

人が所有しているモノに過大な価値を置く傾向を、心理学や行動経済学で「保有効果 (endowment effect)」と呼んでいますが、これはモノだけでなく自分の習慣や事業などにもはたらくでしょう。俗に「慣性がはたらく」というやつです。

この慣性を振り切るコツを、以前のノート(『過去に引きずられないためにも「選び直す」』で次のようにまとめました。

  • 【条件1】 それを過去に経験、あるいは所有していなかったと仮定する
  • 【条件2】 しかし現在それについて持っている知識は使えるものとする
  • 【問い】 これからそれを始めたい、あるいは所有したいと思うか?
  • 【選択1】 Yesであれば、それをせよ
  • 【選択2】 Noであれば、望ましい状態になるように資源の再配分をせよ(それを止めて別の何かを始めると考えると、過去に引きずられてしまう)

「それ」をやり(持ち)続けるべきか否かを決めるステップ*ListFreak

これで仮に保有効果を減じられたとしてもなお、冒頭の意思決定の困難さは残ります。赤字が続く事業にいつまで先行投資を続けるのか。

実行の4つの規律

冒頭のニュースが目にとまったのは、その前にクリス・マチェズニー 『実行の4つの規律 行動を変容し継続性を徹底する』(キングベアー出版、2016年)を読んでいたからだったと思います。

本書は組織の戦略が立案された後の実行段階に焦点を当てており、次の4つの「規律」を定義しています。字面だけでは少々わかりづらいですが、よく練られた要素と並びだと感じました。

  • 第1の規律:最重要目標にフォーカスする(フォーカスの規律)
  • 第2の規律:先行指標に基づいて行動する(レバレッジの規律)
  • 第3の規律:行動を促すスコアボードをつける(意欲の規律)
  • 第4の規律:アカウンタビリティのリズムを生み出す(報告責任の規律)

戦略を成果につなげる「実行の4つの規律」*ListFreak

なかでも興味を引かれたのが「先行指標」という言葉です。第1の規律で定義した目標が達成したい「結果」だとすれば、その結果を生み出すための「原因」が正しく投入されているかを測る何からの数値といえるでしょう。第1の規律が成果目標、第2の規律が行動目標といってもよさそうです。

先行指標を信じる

では先行指標あるいは行動目標をどのように抽出するか。ここが難しいわけです。

こう行動すればこういう結果が出る(はず)、というのはある種の未来予測です。そこで目標を構成要素に分解し、ていねいに因果関係を推測したうえで、自分たちが影響を及ぼせ、かつ目標に直接つながる、指標を特定する。本書の事例では、飲料メーカーの年間生産量を目標として分析を行い、たどり着いた先行指標が「メンバー全員が揃うシフトの割合」「予防的メンテナンス日程の遵守率」でした。

冒頭のニュース記事に戻れば、続けるか止めるかの判断は、この先行指標の動きをどこまで信じられるかに大きくかかっています。先行指標と目標達成の関係は因果関係ですので、先行指標を信じるためには次のような問いに答える必要があるでしょう。

  • その先行指標が本当に目標につながるのか?
  • 目標につながる指標の中で、その先行指標が最善か?
  • その先行指標と目標との「つながり具合」を正しく把握しているか?

難しいのは「つながり具合」。先行指標を動かしてから結果が出るまでにタイムラグがある、一定以上大きく動かさないと結果が出ない(=しきい値が存在する)、因果関係が時限的である(=時間が経つと弱まってしまう)、などなど、その関係は動的で複雑になりがちです。

先行指標を考え抜く。さらに先を読むために、その先行指標を考え抜く。行き着くところは「兆し」でしょう。四書五経最古の古典『易経』は「時」と「兆し」の専門書だそうで、兆しをつかむというのは古来からの重要なテーマです。赤字事業への先行投資を続ける熟練の経営者は、おそらく何かの兆しをご本人なりにつかんでいるのでしょう。