実践者としての専門家
「知恵」は現場で発揮されるものです。当たり前のようにも思えますが、そうでない思いつきに「後知恵」という言葉が用意されている一方で「後思考」という言葉はないことを考えると、知恵の「その場性」が際立ちます。
アリストテレスはそのような実践的な知をフロネシスと呼び、知識(エピステーメー)や技能(テクネー)と区別していました。エドガー・シャインは、専門家が現場でサービスを提供するための知の階層を次のように整理しています。
- 「基礎となる学問」や「基礎科学」の要素――実践の土台となり、実践を発展させる。
- 「応用科学」や「工学」の要素――日々の診断的手続きや問題解決の多くが、ここから導かれる。
- 「技能や態度」の要素――基礎となる学問や応用知識を用いて、実際にクライアントへのサービスをおこなう。
専門的知識の3階層(シャイン) – *ListFreak
基礎、応用、実践。これも当たり前のようですが、前2要素には「学」の字があり、最後の要素にはありません。専門家の実践知もやはり現場で発揮されるのです。
専門家とは「なんとか」する人
このリストは、ドナルド・A. ショーン 『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』(鳳書房、2007年)から引用しました。たとえば医者は、自分の知らない症状でも治療を放棄したりはしません。持てる限りの知識を組み合わせて「なんとか」しようと試みます。組織のマネジャーも、まさに manage(何とかする)という言葉が示すとおり、想定外の事態に「なんとか」対処していかなければなりません。
タイトルの「省察的実践」には、2つの意味がありました。一つは行為についての省察 (Reflection on action)。いわゆる事後の振り返りです。もう一つは、こちらがこの本を有名にしているのですが、行為中の省察 (Reflection in action)。現場で「なんとか」しなければというときに行われている省察です。
実践知を、このような「行為中の省察」という観点から解きほぐそうという発想はユニークですね。わたしの仕事でいえば、講義の最中に予想外の事態が起きて、次の一手、次の一言を「なんとか」ひねり出そうとしているときに、一体何を考えているのか。そういった、ふだんは暗黙知として言葉にすることをあきらめているコツを言葉にできれば、自分の知恵を整理できます。さらに、人に伝えたり人から学んだりもしやすくなるように思います。
プロの〈わざ〉を分析する視点
そういった「実践知の分析」とでも呼ぶべき専門分野があるとすると、本書は、冒頭のシャインの3階層でいう「基礎」を固めるものです。専門家教育の分野では、きっと「応用」が進んでいるのでしょうから、おいおい学んでみたいと思います。
今日のところは、本書を読んでわたしなりに理解できた範囲で、『プロの〈わざ〉を分析する4つの視点』をまとめてみます。ちなみにこの〈わざ〉は本書で使われていた言葉で、おそらくは “art” の訳でしょう。
たとえば、コンサルタントのBさんが顧客と議論しているところを観察できたとします。次に示すのは、彼の〈わざ〉を分析するための切り口です。
- 〈世界観〉状況をどのようなシステム(系)・世界として認識するか?
- 〈理論〉状況をどのような理論で解釈するか?
- 〈役割〉状況にどのような役割・立場で関わるか?
- 〈手段〉状況に対してどのような手段を用いるか?
Bさんの言葉づかいや発想に気を配ると、「ビジネスは戦争だ」という〈世界観〉のもとに状況認識をしているようだと気づくかもしれません。状況をどういうシステムとして認識するかは人によって異なり、ビジネスであればゲーム、生態系、園芸、旅など、さまざまなとらえ方があり得ます。局面によってそれらを切り貼りしているかもしれません。
Bさんの〈世界観〉が戦争だとして、ではビジネスという戦場でどう勝っていこうと考えているのか?それを分析する助けになるのが、Bさんが依拠している〈理論〉を探ることです。孫子の兵法やランチェスター戦略のように、まさに戦争の戦略戦術がそのままビジネスに適用される例もあります。
またBさんは当事者ではないので、状況への関わり方にも工夫をしているでしょう。指揮官たる顧客にとって、Bさんは参謀なのか、占い師なのか、天の声なのか、物言わぬ書物なのか。何か〈役割〉についてのイメージを持っているはずです。
そういった周縁に〈手段〉、すなわちBさんが行ったアドバイスや用いたツールを関係づけていくことで、Bさんという専門家の〈わざ〉が理解できてくるのではないでしょうか。
さいわい、同業者の仕事を見学する機会がときどきあります。その人が駆使している〈わざ〉を、上記のような切り口で理解してみようと思います。