議論に必要なのは、慈善の原則
“principle of charity”という、思いやり深い言葉を見つけました。
思いやりの原理(principle of charity、慈悲の原理などとも訳される)は、言語哲学の文脈で出てきた考え方である。簡単に言えば、思いやりの原理とは、相手の発言や行動を解釈する際には、できるだけ筋が通ったものになるように解釈せよ、という原理である。
伊勢田 哲治ほか『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』
「思いやりの原理」もよい訳だと思います。ただ、定まった訳がないようなので、私訳として「慈善の原則」を当ててみます。(1)
議論の当事者が慈善の原則を共有すべき理由は、明らかでしょう。
……ほんとうに「明らか」か。「いや、明らかでない」という主張はいくらでも可能です。たとえば:
- 混沌から創造が生まれることもある。筋の通らない解釈があってもいいじゃないか
- 筋が通るように解釈してばかりいては批判精神が育たない
などなど。話し手としては、省略した前提を添えなければなりません。たとえば:
- ここでいう議論とは、ブレーンストーミングではなく論理の積み重ねで結論を導く話し合いのことだ
- 議論は建設的な目的のためになされるべきだ
- しかし議論はしばしば破壊的な結果になる
- その主たる理由は、相手の発言の曲解である
などなど。わたしの理解による慈善の原則とは、上記のような省略された前提を、聞き手のほうで補おうという態度です。もし「議論の当事者が慈善の原則を共有すべき理由は、明らかでしょう」という言葉に納得できないのであれば、相手の言葉を筋が通ったものとなるように上記のような前提を想定し、その前提を話者に確認したうえで、納得できない前提について質問する。そのような進め方をします。
「そんな面倒な。意見を成立させるために必要なだけの前提を明らかにするのは、話者の責任だろう」と思うかもしれません。わたしもそう思いました。だからこそ、”charity”の精神が必要なのでしょう。
慈善の原則は、1950年代の終盤にニール・L・ウィルソンによって作られ、他の哲学者たちによって他の解釈も与えられてきたと書かれています。(2) その、ある種のまとめとして、次の4か条が紹介されていました。
- 相手は言葉を通常の用法で使っている。
- 相手は真実を述べている。
- 相手は正当な議論を立てている。
- 相手は興味深いことを言っている。
コミュニケーションにおける慈善の原則 – *ListFreak
慈善の原則を守るために必要な3つの力
せっかくよい考えを見つけたので、この原則を守っていくために何ができるかを考えてみました。例によって仮説を立て、日々の仕事や生活の中で検証してみたいと思います。
これも例によって情・知・意の枠組みで考えました。
- 自己コントロール
まずは、慈善の心を失いそうになった自分に気づけなければなりません。そのうえで気持ちを立て直し、「相手は興味深いことを言っている」と思える心の状態を作り出せるスキルが必要です。 - 目的意識
自己コントロールができても、相手をただ懐柔したり調子を合わせているだけでは、議論になりません。議論を建設的なものにしようという目的意識を持ち、何を言うべきかを考える態度が必要です。 - 論理性
上述のように、相手が省略したであろう前提を補える論理性が必要です。
(1) principleは日本語の原理にも原則にも訳される言葉ですが、原理は理(ことわり)という字から「もともとそうなっているしくみ」というニュアンスを感じます(例:これが人間の行動原理だ)。原則は則するという字から「人が自ら従うと決めた規則」というニュアンスを感じます(例:これが私の行動原則だ)。今回は意志を持って従うべきprincipleなので、原則が私にはしっくりきます。
charityはストレートに慈善としました。思いやりはcompassionに取っておきたいので。
(2) Wikipedia(英語版)の冒頭の文章を訳したうえで引用します。
哲学・修辞学では、慈善の原則によって話者の言明は合理的なものと解釈されることが求められる。加えて、どんな議論であっても最善かつできる限り強い解釈による考慮が求められる。
Principle of charity – Wikipedia, the free encyclopedia