やっかいな問題
ある自動車メーカーが「安全な車」を開発しようと考えたとします。しかしどこまで性能を高めれば「安全」と言えるのか?開発上の真の難所はどこにあるのか?そういった問題は複雑なだけでなく動的に生成されていきます。しかも車の開発には多くの利害関係者がいるので、社会的な厄介さがこれに加わります。
20世紀のデザイン理論家ホルスト・リッテル (Wikipedia) は、明確に定義できないため解決もできないような問題に「やっかいな問題」 (wicked problem) という名を与えました。
冒頭の事例は、Jeffrey Conklin “Dialogue Mapping: Building Shared Understanding of Wicked Problems”(ダイアログ・マッピング:やっかいな問題への共通理解をつくる) という本から引きました。同書に「やっかいな問題」の特徴がまとめられていましたので、こちらも翻訳のうえ引用します。
- 解決策を立案するまでは、問題がわからない。
- やっかいな問題には最終的かつ正しい解決策がない。
- やっかいな問題の解決策は、正か誤かの二者択一ではない。
- すべてのやっかいな問題は、本質的に独特で新奇である。
- やっかいな問題の解決策は、すべて“一回限り”である。
- やっかいな問題の解決策には、特定の代替案がない。
やっかいな問題(wicked problem)の特徴 – *ListFreak
こうしてみると、程度の差はあれ、われわれが仕事で直面する問題の多くは「やっかいな問題」といえそうです。
やっかいな問題と単純な道具
先述の本では、そのやっかいな問題に立ち向かうためにリッテルが開発した IBIS (Issue Based Information System) という図解法を紹介しています。IBISについては論理的思考の教育に使えないかと思って3年ほど前にすこしかじったのですが、デザインの分野から来ているとは意外でした。
IBISは驚くほどシンプルで、問い、問いに対するアイディア、アイディアに対する議論(賛否)の3要素だけで議論を可視化します。
- [問い](イシュー / Issue / Question)…… 答えるべき問い。IBISは[問い]から始まるツリーである。[問い]・[アイディア]・[議論]のいずれにも、さらなる[問い]をリンクできる。
- [アイディア](立場 / Position / Idea)…… [問い]を解決する、あるいは明らかにする回答。[アイディア]は[問い]にリンクする。
- [議論](Argument)…… [アイディア]に対する議論、つまり賛否。[議論]は[アイディア]にのみリンクする([問い]には直接リンクしない)。
IBIS(Issue Based Information System)の3要素 – *ListFreak
解決を阻むやっかいな問題を、たった3要素の組み合わせで表現していこうという発想が面白いですね。先日読んだシステム思考の本でもやはり、複雑な世界をたった4つのルールで表現しようとしていたのですが、著者らが『複雑なDNAもたった四種類の塩基 (ACTG) からなっているように』という比喩を用いていたのが印象的でした。
シンプルな問答を多段階に組み合わせつつ、当事者全員で問題を共有していく。ちょっとどこかで試してみたくなりました。
やっかいな問題はいつ解決するのか
たとえやっかいな問題であっても、ある段階で決断し、解決策を採用しなければなりません。著者は『自分の経験では、グループが決断にいたるには2つの鍵がある』と述べています。興味津々で続きを読んでみると:
- おさまった、明確になった、行動の準備ができたといったエネルギーを感じたとき、あるいは
- 時間切れになったとき
フィーリングか時間切れかで決断とは。なんだか大ざっぱな基準で、おかしくなってしまいました。しかし冒頭の定義によれば、やっかいな問題に対しては、ザ・正解はないのです。であれば、当事者が主観的にでも合意できたか、そうでなくても持ち時間いっぱい考え尽くしたか、そのどちらかをきっかけにして行動していくべきというのは、現実的で妥当な見切りのように思えてきました。