「そのくらい自分で考えろ」
先日ある研修で、組織の意思決定力を高めるというテーマでグループディスカッションをしてもらっていました。参加者はさまざまな企業の幹部の方々。自分の意思決定を支援してもらうために、そして部下の意思決定力を高めていくために、何ができるか。視点を変えた問いをいくつか提示して、話し合っていただきました。
グループのまわりを歩いていると、いろいろな言葉が漏れ聞こえてきます。Aグループのあるディスカッションでは、『「そのくらい自分で考えろ」って(部下に)言うんですけどね』という発言に、皆が頷いています。面白いことに、別のディスカッションではCグループからまったく同じ言葉が聞こえてきました。『「そのくらい自分で考えろ」って(社長に)言われるのが一番モチベーション下がりますよね。考えてわからないから質問したのに』。やはり皆が頷きます。一連のワークの後でその事実をお伝えすると、もちろん大笑いとなりました。
上記のような局面だけを見ると、「考える」という作業はいかにも嫌われ者のようですが、愉しみの対象でもあります。その研修は地方都市で行われたので飛行機で出かけたのですが、行きの機内で数独(パズル)の本を手にした人を見かけました。たいていは、無為に過ごすよりは考えていた方が楽しいものです。
その研修でも、「考える」お題をたくさん用意しました。一つひとつは、グループで話し合って5分から10分ぐらいで答えを出していくクイズのようなものです。それらはお互いに連なっていて、一日解き続けてもらえばかなり深いところまで考え尽くせるように配置したつもりです。いつもうまく運べるとは限らないのですが、この日は皆さん積極的に「考える」ことを楽しんでくださり、アンケートでは嬉しい言葉をいただきました。
『恐らくむづかしい内容を、分かりやすく作って頂きありがとうございます。』
考えごとを楽しめる条件
楽しめる、つまり高い意欲で臨める考えごとの条件とは何か。トレーニングの設計でいつも悩むところですので、この機会にまとめてみます。
- 知識・能力の【発揮】度 …… 知識は思考の材料であり、能力は思考の道具です。持てる知識・能力を発揮するまでもないほど簡単なお題でも、逆に歯が立たないほど難しいお題でも、意欲は下がります。
- 【見通し】 …… 見通しは2つの予感からなります。一つは、その考えごとを考え切れそう(答えを出せそう)かどうか。これは考えごとの難易度と当事者の知識・能力の発揮度が大きく影響します。そしてもう一つは、その答えを集中力が続く時間内に得られそうかどうか。これは考えごとへの興味と本人の資質が影響します。すぐ終わる見通しが立ってしまっても、逆に終わる見通しが立たなくても、意欲は下がります。
- 報酬への【期待】 …… 知識や能力を十分に発揮できること自体、楽しみであり考えごとの報酬です。それとは別に、考えきった先にちょっとしたごほうびへの期待が持てれば、考える意欲は高まります。ごほうびとはたとえば、報奨品がもらえること、競争で勝つこと、あるいは何か発見があること。この要素に関しては、ありすぎて意欲が下がるということはなさそうです。ただしはかない要素でもあって、繰り返すうち馴化(なれてしまうこと)してしまいますし、期待外れが続くと喚起が難しくなります。
グループワークでいえば、参加者が知識・能力を十分に発揮できるだけの難易度で、かつ集中力が続く10分間程度のうちに完結できる見通しの持てるサイズで、かつちょっとした競争と表彰・ストレッチの喜びなど、報酬への期待が持てるワークが望ましいわけです。
「そのくらい自分で考えろ」の代わりにできること
ではあらためて。上司として部下から相談を受けたとします。自分で考えてもらうために、「そのくらい自分で考えろ」と言う代わりに何ができるでしょうか。
まずは、考えごとを適切なサイズに分割する支援をすることになるでしょう。一本の木から薪を作る際には、まず横に切って丸太を作り、それから縦に割っていくと思います。それと同じようなイメージで、まず完遂までの段階(たとえば現状把握→原因追求……といったステップ)を定義し、各ステップをいくつかのタスクに割っていけるようサポートします。
このサポートにおいて、上司が留意すべき点がいくつかありそうです。一点めは、分割に漏れや重複がないかのチェック。たとえば現状把握であれば、外部の調査/内部の調査/調査結果のまとめ、くらいに仕分けられているかといったチェックです。必要ならば考案してあげることも必要でしょう。
二点めは、その分割が部下の能力や興味に照らして適切かのチェック。部下の知識や能力が発揮できそうになければ、その補充方法を考えることもタスクに含めてあげるべきでしょう。終わりを見通せるようなサイズになっていなければ、再分割を促すべきでしょう。こういったことができるためには、部下の能力や興味を把握していなければなりません。
三点めは、期待のセットと環境整備。報奨品などのわかりやすいごほうびもありますが、むしろ部下の内発的な動機の生成を阻害しないよう、何をするか以上に「何をしないか」の設計が重要そうです。
自分の意思決定を支援してもらうために、そして部下の意思決定力を高めていくために、幹部として何ができるか。1日で答えが得られる類いの問いではありませんが、この日の研修では、皆さんが自分なりの第一歩を考え、書き留めていかれました。