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コンセプトノート

755. 「足らざるを知る」準備

「わかっている」のが問題

人材開発の担当者のAさんが、奇妙な悩みを教えてくれました。ある職層(以下リーダー層)にいろいろスキル研修を施すのだけれど、アンケートを見るといつも理解度が高いとのこと。「理解度が高いならけっこうじゃないですか」と返すと、「でも行動が変わらないんです」とのお返事。

Aさんはリーダー層のパフォーマンスに満足しておらず、昨年思考スキルやリーダーシップの研修を実施しました。実施後の満足度・理解度も高かった。しかし、仕事ぶりが変わったようには感じられません。メンバーからも、リーダーに対する批判の声が寄せられます。

そこで今年は、いかにできていないかをまず自覚してもらおうと、各自のリーダーシップについて部下・同僚・上司から匿名で評価してもらった結果を自己評価と比較する、360度評価を実施しました。そのうえで、応用的な研修を実施。講師にも「ビシビシ指摘して、できていないことをわからせてほしい」と依頼しました。

講師はロールプレイなどを通じて「わかっているけど、できていない」状態が実感できるよう計らってくれたそうです。しかし、どうも糠に釘な様子。参加したリーダーからは「よくわかった」どころか「知っている内容だった」という評価すら挙がったものの、状況が変わったようには思えない……という話でした。

「足らざるを知る」条件

わたしも研修事務局から「ビシビシやってくれ、現実を突き付けてくれ」というご依頼をしばしばいただきます。「足らざるを知る」場をつくるという目的はよくわかるのですが、そのために「のびのび学ばせてやってくれ」というご依頼はほとんどありません。

そこには「できてない現状を自覚する→成長意欲が芽生える」というシナリオへの期待があります。しかし、いきなり「あなたはできていない」と指摘されると、人はその指摘を攻撃と感じ、防御のメカニズムが発動します。いわゆる防衛機制です。それが反発になるか無視になるかはわかりませんが、成長意欲に転じることはまれでしょう。わたしが参加者であれば、鈍感力を発揮して「それでも現場は回っている」と考えて指摘をやり過ごす気がします。

成長意欲を持ってもらうのが目的であれば、意欲が発言する条件から考えてみる必要があります。ここではダニエル・ピンクが内発的動機づけ理論を基にして定義した3要素を引用します。

  • 【自律性(Autonomy) 】 自分の人生を自ら導きたいという欲求
  • 【熟達(Mastery)】 自分にとって意味のあることを上達させたいという衝動
  • 【目的(Purpose)】 自分よりも大きいこと、自分の利益を超えたことのために活動したい、という切なる思い

〈モチベーション3.0〉3つの要素*ListFreak

日常業務から離れた場だからこそできること

この3要素が正しいとすれば、「現状を突き付ける」「ビシビシやる」の前に整えるべき条件がいろいろあることがわかります。

そもそもこの組織は何のためにあるのか、それに自分は賛同できるか(目的)。その目的に向かった活動の中に、うまくなりたいと思える面白み・意味をどう見い出すか(熟達)。そのやり方について、自分なりの選択肢をどう増やしていくか(自律性)。

上記のような問いに肯定的な答えが出せるようになれば、自ずとその「活動」に対する意欲がわいてくるはずです。意欲が高まれば、「リーダーの学びは現場9割」ですから、自己学習も促進されるでしょう。

こういった問いを掲げてじっくり考えるのは、日常ではなかなかしづらいことです。考えたからといってすぐに何かが目に見えて変わるわけでもないでしょう。それでもやはり、組織の中で活動している人が何かを学んでいくためには必要なステップだと思います。

……以上のような話をいきなりAさんにすると、それがAさんの状況に照らして妥当な内容だとしても、Aさんに「現状を突き付ける」ことになります。わたしがAさんなら、ほぼ無意識レベルで「それはわかっている」「できている」と考えるでしょう。もし正式な相談を受けたなら、遠回りなようでも(リーダー層でなく)Aさんご自身の活動についてお話をうかがうところから始めたいと思います。