「その場力」を高めるというテーマでの研究を進めるため、過去に収集した、そして自分でも気にしている、短いリスト群をまとめています。今回のトピックは「育てる」。誰の立場から、どのような気持ちで、何をしてあげるかという枠組みでまとめてみます。
育てる − 誰の立場から?
育てる・育てられるという関係を考えるとき、まず思い出したいのが「主師親」というトリオです。原典は日蓮宗の開祖である日蓮の『開目抄』という書物のようです。この言葉を大事にしていたというドトールコーヒーの創業者鳥羽博道氏の文章から引用します。
- 主人としての面倒見。
- 師匠の指導力。
- そして親としての厳しさと温かさ。
主師親の三徳 – *ListFreak
もう少し原典に寄せてみると、このように書けそうです(1)。
・主人の従者に対する庇護の徳
・師匠の弟子に対する教導の徳
・親の子に対する慈愛の徳
育てる・育てられるという関係には、主従・師弟・親子の3つがある。3つが分かれているというよりは、およそ人を育てるときにはこの3つの側面があるととらえるべきでしょう。これはいろいろなことを考えさせてくれます。
このうち、教導する師と慈愛をもって育む親という立場については、そのまま現代の語感で考えてよいように思います。一方で、庇護する主については、すこし解釈が必要そうです。というのは、現代においては、主人と従者という関係が字義通り当てはまるケースはほとんどないからです。主人と従者をいまの組織に置き換えると上司と部下、社長と社員ということになろうかと思います。上司と部下はどちらも会社に雇われている身ですし、社長と社員を結ぶのは雇用契約です。主人と従者と呼ぶのには、違和感を感じます。
では両者は依頼人と殺し屋のような関係なのかといえば、もちろんそうではありません。たとえば部下が失敗したときには上司が相手方に出向いて詫びを入れるとか、さらには懲罰的な処遇を受けるとか、上司はいわゆる「責任を取る」覚悟のもとで部下に仕事を任せています。その意味合いにおいては上司は部下を庇護しています。これを現代の主従関係と呼んでもよいでしょうし、もし新しい言葉をつくるなら、上司と担当者、つまり「司」る人と任務を「担」う人の関係という意味で「司担関係」あたりがふさわしいように思います。
ここまでをふまえて、育成者の立場をリスト化してみます。
★司師親−育成者の3つの立場
【司としての庇護】責任者として任務を果たす者をかばい、まもる
【師としての教導】師匠として弟子をおしえ、みちびく
【親としての慈愛】親として子をいつくしみ、あいする
このリストだけ見ると甘やかすばかりのように感じられますが、司・師・親の務めの中には、厳しいものもあります。たとえば上司として部下に仕事を任せる過程では、独りでがんばらせる、いわゆる突き放すことも必要でしょう。ただ育成という大きな目的があるならば、最後のところではかばい、まもるという立場を忘れてはならない、という意味です。
部下が実年齢でも社会人経験でも年若であれば、上司は責任者としての「司」と、職業スキルに長けた先輩としての「師」と、世知に長けた年長者としての「親」の立場を意識しながら接することになるでしょう。逆に、部下が年上の場合など、上司は「司」として仕事のマネジメントをするものの、実務では弟子として、人間関係では子として、部下から学んでいくような関係もあるでしょう。
育てる − どのような気持ちで?
司・師・親の立場から、担・弟・子にどのような気持ちで接するべきか。辻 秀一『フロー・カンパニー』からの引用をお目にかけます。
- リスペクト・マインド(尊重する)
- チア・マインド(応援する)
- アプリシエイト・マインド(感謝する)
三大フォワード(いつでも与えることができるもの) – *ListFreak
このリストの後、「この三大フォワードは人間の崇高な本能である」と続きます。本能ならば放っておいても尊重・応援・感謝にあふれた世界になる気もしますが、現実を見るとそうではありません。これらは万人に効くという意味で本能(に訴える)と呼んでいるのでしょう。与えられた側はもちろん、与える側にとってもよい効果をもたらすように思います。
これがほんとうに「三大」なのかどうかは分かりませんが、意志を尊重する、行動を応援する、そしてただ存在に感謝すると補足してみると、枠組みとして十分な広さを感じられます。
育てる − 何をしてあげるか?
司・師・親の立場から、見本・信頼・支援の気持ちで、どんな言葉や行動で働きかけるか。ここは福島 正伸『メンタリング・マネジメント』からリストをお借りしましょう。
- 【見本】自らがまず先頭に立って行動すること
- 【信頼】相手のすべてをそのまま受け入れること
- 【支援】相手のために尽くすこと
メンタリングの三つの行動基準 – *ListFreak
上司・先生・親とメンターという概念が常にイコールで結ばれるわけではありません。それでも見本・信頼・支援というのは、育成者として忘れてはならない、よい枠組みだと思っています。見本=発信、信頼=受信、そして支援が両方の行動の目的というようにとらえれば、これも十分な広さを持っています。
見本といっても、上司が部下の仕事を代わりにやれという意味ではもちろんありません。たとえば、こまめに客先を回って関係を維持しろと部下にアドバイスをするならば、上司も自分のステークホルダーにこまめに連絡を取って関係を維持する、つまり言行一致をこころがけようという意味です。
(1) 山岡政紀「主師親の三徳の現代的意義」を参考にしました。