「わかったつもり」を乗り越える
ステュアート・ファイアスタイン 『イグノランス: 無知こそ科学の原動力』(東京化学同人、2014年)の「訳者まえがき」(佐藤 統)に、素敵な引用を見つけました。
生命科学と博物誌を混交した「生命誌」という概念を提案している中村桂子博士は、かつて、「科学とは未知の現象を既知にするものではない。既知の現象を未知にするのだ」 と言っていた。
木からリンゴが落ちる事象について、未知なることは何もなかった ―― ニュートンが「なぜ落ちるのか?」と問うまでは、というわけです。
何がわかっていないかをわかるのが、難しい。偶然にも、並行して目を通していた西林 克彦 『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(光文社、2005年)に、この言葉と呼応するかのようなメッセージを見つけました。科学ではなく文章の読解の話ですが、一歩踏み込んで考えるにあたって何が真に難しいのかを教えてくれるという点では、同じ意味合いのメッセージです。
「よりよくわかる」ための障害は、文章を「わからない」ことではなくて、文章を読んで「わかったつもり」になることなのです。
著者は小学2年生の国語教科書から例文を採ることで、われわれの「わかったつもり」ぶりを鮮やかに「わからせて」くれます。斜め読みしてしまいましたが、じっくり再読したい本でした。
「何か質問は?」はなぜ難しいのか
「わかったつもり」を乗り越えるのが難しいという話から連想されるのは、講義やスピーチの後、話者が「何か質問はありますか?」とたずね、誰からも質問が出ないという、よくあるシーンです。
質問は関心の顕れというから、よい話を聞かせてくれたお礼によい質問を差し上げたい。と思うものの、よい話は往々にしてわかりやすい話なので、すっかり「わかったつもり」になり質問が思いつかない。聞き手としてはそんなジレンマを感じることがあります。
「わかったつもり」の乗り越え方を考えるために、「わかったつもり」になりやすそうな話を一つひねり出してみます。
『今日は、ビジネスパーソンの関心事である「生産性の向上」についてお話しします。生産性を阻害する最大の要因は“割り込み”であることが知られています。であれば、“割り込み”の少ない早朝に仕事をすればよいわけです。ですから皆さん、早起きしましょう!何か質問はありますか?』
「わかる」の原理から話をチェックする
「わかる」ということは筋が通っている、つまり論理的に納得できるということでしょう。そこでまず先の話を、その論理を構成する要素に分解します。要素分解にはIRAC(法的三段論法)を使ってみます。ちょっと理屈っぽい感じがしますが、わかりやすい話はこういった要素をおさえているはず。
- Issue …… 問題点、課題(何が「問題」なのかを明示し、)
- Rule …… 規則(その問題を解決するための「ルール」は何かを示し、)
- Application …… あてはめること(今回の事件はどういう事実なのかその事実をルールに「あてはめて」、)
- Conclusion …… 結論(「結論」を導き出す。)
IRAC(法的三段論法) – *ListFreak
先の話をIRAC的に分解するとこうなります(「的」としたのは、IRACは起きた事件を解釈するための枠組みなので「あてはめ」あたりに微妙な苦しさがあるため)。
- 【課題】 ビジネスパーソンの関心事である「生産性向上」のために何をすべきか?
- 【規則】 生産性を阻害する最大の要因は“割り込み”だ
- 【あてはめ】 “割り込み”が入りづらいのは早朝だ(←上記の規則をビジネスパーソンの24時間にあてはめた)
- 【結論】 早起きしよう!
わかりやすいがゆえに質問を思いつかないわけですから、【結論】そのものではなく、それに至る過程を疑ってみたいと思います。具体的には、各要素について、論理チェックによく使われる「Why?(なぜ?) True?(ほんとうに?)」を問うていけばよいでしょう。さらにWhy以外の4W「Who(誰にでも)、When(いつでも)、Where(どこでも)、What(何についても)、そう言えるか?」を問うてみるのもよい方法です。
【課題】そのものを疑うとは、たとえば『 ほんとうに「生産性向上」は関心事か?』と問うてみることです。課題は話のテーマであり話者が自由に設定する要素なので、ここについての質問は話題の選択にケチを付けるようなことになりかねませんが、「どうしてこのテーマに関心を持ったのか?」など、課題設定そのものについて質問をする余地が見つかるかもしれません。
【規則】は、論理の前提となる部分なので、ここがもっとも疑いがい(?)のある要素です。『生産性向上には「阻害要因の除去」が最善なのか?何があっても成果を出すスキルを磨く方が効果的では?』などと疑うこともできれば、「阻害要因を除去すべきとしても、“割り込み”が最大の要因なのか?」を疑うこともできます。たとえば「割り込まれなくても気が散ってしまうことがある。阻害要因は“集中力の欠如”で、割り込みはきっかけの一つでは?」「割り込みは常に悪なのか?上司が仕事に割り込んでヒントをくれたおかげで助かったこともあるが」といった質問はどうでしょうか。
【あてはめ】は、先述の【規則】を事実に当てはめてみせる部分です。「“割り込み”が入りづらいのはほんとうに早朝か?昼休み・夜・就業時間中は?時間をずらす以外の方法は?」など、他の当てはめ方を模索してみると、疑問がひねり出せそうです。
話を聞きながら頭の中でこういった分解をするのは難しいですが、メモでも取りながら要素分解ができれば、質問のきっかけは見つかりそうに思います。TEDトークでも観ながら試してみます。