761. 幸福などということをクヨクヨと考えなくとも

幸福は主観、成功は(主観+)客観

ネットバブルの崩壊エンロン事件、そして同時多発テロ。アメリカはこれらのすべてを2001年に経験しました。組織も個人も、それまでの成長や成功のモデルが揺さぶられた年でした。

結果として、特に個人において、そもそも成長や成功とは、ひいては幸福とは何かといったことを問い直す風潮が高まりました。2004年にハーバード・ビジネス・レビューに掲載された『「色褪せない成功」を求めて』(原題:Success That Lasts)という論文も、そのうねりがもたらした実りのひとつだと思います。

この論文で、著者らは永続する成功を手に入れた人々の特性(1) を定義したうえで小規模な調査を行いました。そして『人間が成功を追い求め、味わい、そのなかで得ようとするものは、基本的にこれら四種類である。どれか一つを欠いても、もう本当の成功とは思えないだろう』という4つの要素を見出しています。

  • 【幸福感 (Happiness)】 人生から喜びと満足感を得ていること
  • 【達成感 (Achievement)】 何らかの業績でほかに抜きんでていること
  • 【存在意義 (Significance)】 身近な人びとに、ポジティブな影響を及ぼしていること
  • 【育成 (Legacy)】 自分の価値観や業績によって、誰かの未来の成功を助けていること

成功の四要素*ListFreak

一つめに幸福が来ています。幸福は成功の必要条件の一つにすぎないというわけです。たしかに一般的には、「オレはハッピーだ(幸福だ)」と言っても誰も文句は言いませんが、「オレはビッグになった(成功した)」と言うだけでは成功したとはみなされません。幸福は本人がつくり出すものですが、成功は世界との関わりにおいて生じる、あるいは与えられるものだということでしょう。

Happy Life = Pleasant + Good + Meaningful Life

とはいえ、達成感・存在意義・育成といった要素も、人がそれを『追い求め、味わい、そのなかで得ようとする』のであれば、やはり幸福の一部とみなしてもよいのではないでしょうか。実際、ポジティブ心理学の父といわれるマーティン・セリグマンは、やはり2004年の講演で、幸福な人生を次のように定義しています。

  • 【喜ばしい人生】 喜びの追求と社交性の豊かな生活を送る
  • 【よい人生】 できること、したいと思うことを実行して人格の成長を実現していく
  • 【有意義な人生】 自分のためではなく、他者のために、あるいはもっと大きなもののために何かを成し遂げる

幸せな人生の3要素(セリグマン)*ListFreak

比較してみると、先のリストの第3・4要素をまとめれば、そのままセリグマンの3要素に対応しています。こちらのリストのほうがシンプルでわかりやすいですね。

幸福などということをクヨクヨと考えなくとも

幸福が定義できたとして、そして幸福になりたいとして、どうすればよいか。19世紀のイギリスの政治哲学者ジョン・スチュアート・ミルはこう述べています。

自分は今幸福かと自分の胸に問うて見れば、とたんに幸福ではなくなってしまう。幸福になる唯一の道は、幸福をでなく何かそれ以外のものを人生の目的にえらぶことである。自意識も細かな穿鑿〈せんさく〉心も自己究明も、すべてをその人生目的の上にそそぎこむがよい。そうすれば他の点で幸運な環境を与えられてさえいるなら、幸福などということをクヨクヨと考えなくとも、想像の中で幸福の先物買いをしたりむやみに問いつめて幸福をとり逃がしたりせずに、空気を吸いこむごとくいとも自然に幸福を満喫することになるのである。

ジョン・ステュアート・ミル 『ミル自伝』(岩波書店、1960年)

幸福は何かに対する専心の副産物として得られるものであって、それだけを求めると、逃げられる。そう要約できるでしょう。

考えてみると、この
「○○は✕✕の副産物として得られるものであって、それだけを求めると、逃げられる」という構図は、世の中に多くあるように思います。たとえば:

  • 売上は顧客満足の副産物として得られるものであって、それだけを求めると、逃げられる。
  • 尊敬は貢献の副産物として得られるものであって、それだけを求めると、逃げられる。

ミルを信じて、クヨクヨと考えるのはここまでにしておこうと思います。


(1) 優れた業績/複数の目標/何でも楽しめる能力/良好な人間関係を構築する能力/常に長期的な成功を目指す価値観