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コンセプトノート

548. どんな物語も、使われている言葉の9割は同じ

経験・実績の少なさをどう補うか

再就職に挑戦されているAさんとお話しをする機会がありました。人手不足がニュースになる昨今ですが、Aさんの希望する職種はなかなか激戦のようです。この年齢(の高さ)と経験(のバラエティの少なさ)では厳しいですと、苦戦を認めておられました。

Aさんのことが念頭にあったせいでしょう。『やわらかな遺伝子』という本を読んでいたとき、Aさんへの励ましになるかもしれない箇所が目に飛び込んできました。

少ない遺伝子から多様な生命が生み出されている

ヒトの遺伝子には、(わたしの)直感に反するような事実が2つあります。1つは数が少ないこと、もう1つは他の動物との差が量的にも質的にも小さいことです。

遺伝子の数は3万程度と見積もられています。ヒトという複雑な有機体をかたちづくり機能させるためのタンパク質のレシピが3万セットで足りてしまうらしいのです。

しかもこの数はマウスよりもやや少ないくらいで、おまけに遺伝子情報を担う実体であるDNAは、98%以上がチンパンジーと同じ。

なぜ、このように数も少なく違いも小さい情報源から、ここまで多様な生物種が生じるのか。『やわらかな遺伝子』に巧妙な喩えがあり、わかった気にさせてくれました。

著者はディケンズの『デイヴィット・コパフィールド』とサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を引き合いに出します。両者とも数千語の単語を使い、かつその9割以上は共通なのにまるで違う作品になっていると指摘したうえで、こう述べています。
『差異は、使っている単語にあるのではなく、同じ単語群を違ったパターンや順序で使っているところにあるのだ。』

少ない語彙でも魅力的な物語は語れる

サイエンスライターである著者は、遺伝子が生物の体制を決めるプロセスを説明したのち、再び本の喩えを持ち出してまとめています。

動物の体制を大きく変えるのに、新しい遺伝子をこしらえる必要はない。独創的な小説を書くのに、新し い言葉を生み出す必要がないのと同じだ(ジェームズ・ジョイスでもないかぎり)。

自分の職歴を物語と見なすならば、単語は経験です。最低限の語彙は必要ですが、物語の魅力は単語そのものではなくそれらの組み合わせによって生じます。

経験の幅の狭さが気になる人は、特定の仕事に集中してきたことで培われたはずの深さを探し出して、組み合わせることができます。職歴の中で目立った成果がない人は、取り組んできた仕事の困難さと組み合わせることができます。

もちろん売れっ子作家が少ないように、経験から学びを引き出し、自分の強みとして語るのは容易なことではありません。とはいえ、いまさら経験した事実は変えられないのですから、「どんな物語も、使われている言葉の9割は同じ」と念じてユニークな解釈に挑戦してみても損はないでしょう。