なんでも解釈装置
人間は、知覚した情報に筋の通った解釈を与えなければ気がすまない。カリフォルニア大学サンタバーバラ校のマイケル・S・ガザニガ教授はその「解釈装置」が実在し、しかも脳の左半球に偏在していることを突きとめています。
教授は、左半球がそのような解釈装置を搭載している理由とその副作用を次のように考察しています。
『たんに事象を観察するだけでなく、なぜそれが起きたかを問うことにより、そのような事象が再び起きたときに脳はより効果的に対処できる。しかし、そうするに当たり、取り込む(物語を作る)プロセスは、言語的・視覚的素材を処理するときと同じで、知覚認識の正確さの面に悪影響を与える。』(『人間らしさとはなにか?』)
われわれの「物語を作る」装置は、あらゆるシーンで働きます。たとえば組織の問題を見つけるためにヒアリングをすれば、かならず問題の原因(の推測)がセットで説明されます。「ウチは縦割りなので、情報共有が少ないんですよ」といった具合です。
仕事だけでなく、生活の小さな事象にも自動応答しています。たとえば、朝、子どもが眠そうな顔で起きてきたとします。その顔を見た瞬間「ははあ、昨日夜更かししたんだろうな」などと思わずにはいられません。
「遅くまで本を読んでた?」「ううん」
「なかなか寝つけなかった?」「ううん」
「夜中に目が覚めた?」「ううん」
「ぐっすり寝られた?」「うん」
「でもまだ眠たいんだ?」「うん」
「おかしいなー」「おかしいって言われても、眠いんだもん」
といった具合です。どうしても原因が見つからないと
「まあ、今週はずっと大変だったからね」
などといって、どうにかして原因を引っ張り出してきて、安心します。
このような解釈装置の働きがわれわれの仮説構築能力を支えています。しかし残念ながら、これは客観的な原因追求ツールではなく、最初に見つけたそれらしい解釈で満足してしまうようです。
因果関係を確かめるためにできる8つのこと
疫学の分野では、因果関係の有無を見分ける古くから知られた基準(ヒルの基準)があるそうです。そのリストを、一般的な問題解決において因果関係をたしかめるためのチェックリストとして仕立て直してみました。
具体的にイメージするために、「経営者がビジョンを示さないので組織の一体感がない」という、よくある文言を例にあげて考えてみます。
1. 相関関係があるといえるか?
そもそも、ビジョンと組織の一体感には、関係があるのか。関係があることを、どのように示せばよいのか。これがすでに難しい問題です。ビジョンの明瞭度や組織の一体感を測るものさしを考案して、過去自分の組織ではどうだったかをプロットしてみることで、大まかに推し量れるでしょうか。
2. 時間的な前後関係(原因が結果の前に起きる)はたしかか?
これも、現状だけ見ていても分かりません。たとえば過去にさかのぼって、ビジョンという旗が掲げられた/下ろされた時期と、組織の一体感の移り変わりの時期などを比較するといった工夫が必要です。
3. 第3の原因(原因と結果双方に共通する原因)はないか?
ビジョンが曖昧になるのも、組織が一体感を失うのも、実は同じ原因の結果(たとえば、トップの体調が思わしくない)というケースがあります。そういう第3の原因が「ない」ことを証明するのは至難の業なので、組織が一体感を失う原因となり得る(ビジョン以外の)候補をていねいに洗い出しておいて、つぶしておかなければなりません。
4. 誰・どこ・いつ・何によって生じるかが十分に絞り込まれているか?(たとえば、特定の誰かにのみ起きる結果ではないか?)
ビジョンのなさ → 組織の一体感が低下という因果関係が確からしいとしても、それは測定をした部署についてのみ言えることかもしれません。
これ以降は、因果関係が成り立つための必要条件というよりは、関係のたしかさを強めるためにやっておくべきことです。
5. 原因から結果が生じる妥当なメカニズムを示せるか?
ビジョンが示されていない → 共通の目標がない → … → 組織の一体感がない、といった緊密な連鎖(単一の鎖とは限りません)を示せるかということです。
6. その因果関係は、過去の経験や知識と整合するか?
その組織の過去の経験、社員の前職での経験、コンサルタントや書籍がもたらしてくれる知識といった「事例」を探してみます。
7. 小規模な実験などで証拠を示せないか?
全体の正しいサンプルとなるような小集団において、仮説を検証できないかを検討します。
8. 他の分野の事例から類推できないか?
仮にこれが企業での話とすれば、他の業界はもちろん、スポーツチーム、軍隊や学校など他の組織、もしかしたら動物や昆虫の組織で、補強材料が見つかるかもしれません。ダイレクトな証明とは言いかねますが、傍証にはなるでしょう。