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コンセプトノート

760. いかに充ち足りるか

自己実現者に共通する15の特徴

山口 周『武器になる哲学』の一節が欲求五段階説のエイブラハム・マズローに割かれていました。

『欲求五段階説の最高位にある「自己実現」を果たしたと、マズロー自身がみなした多くの歴史上の人物と、当時存命中だったアインシュタインやその他の人物の事例研究を通じて、「自己実現を成し遂げた人に共通する15の特徴」を挙げている』として、その15の特徴をリストアップしています。

ほぼ同じリストを載せている中野 明『マズロー心理学入門』によれば、マズロー自身が『論文には方法論的に欠けるところがあるものの、他人に証明したり説明したりするよりもむしろ、自分自身を納得させ、自分自身に教えるためにこの論文を書いた』と記していたとのこと。

もとより「自己実現」という概念自体も、欲求五段階説をそれを取り巻く理論も、マズローの創り出したものです。科学的な確からしさには欠けている自己実現理論が長らく重んじられているのは、人の心を深く汲んでいると多くの人が感じるからでしょう。この15の特徴も、一つひとつが含蓄に富んでいます。やや長いのですが、両書のリストを見比べて作成したリストを引用します。

  1. 【現実をより有効に知覚し、それとより快適な関係を保つこと】 願望・欲望・不安・恐怖・楽観主義・悲観主義などに基づいた予見をしない。未知なものや曖昧なものにおびえたり驚いたりせず、むしろ好む。他人を正しく判断する「無邪気な目」を持っている。
  2. 【受容(自己・他者・自然)】 人間性のもろさ・罪深さ・弱さ・邪悪さを、ちょうど自然を自然のままに無条件に受け入れるのと同じように受け入れることができる。
  3. 【自発性・単純さ・自然さ】 行動・思想・衝動などにおいて自発的である。とりわけ、人格の成長・性格の表現・成熟に動機づけられている。行動の特徴は単純で、自然で、気取りや効果を狙った緊張がない。
  4. 【課題中心的】 哲学的、倫理的な基本的問題に関心があり、広い準拠枠の中で生きている。木を見て森を見失うことがない。広く、普遍的で、世紀単位の価値の枠組みをもって仕事をする。
  5. 【超越性─プライバシーの欲求】 独りでいても、傷ついたり、不安になったりしない。孤独やプライバシーを好む。このような超越性は、一般的な人たちからは、冷たさ、愛情の欠落、友情のなさ、敵意などに解釈される場合もある。
  6. 【自律性─文化と環境からの独立・意思・能動的人間】 比較的に物理的環境や社会的環境から独立している。外部から得られる愛や安全などによる満足は必要とせず、自分自身の発展や成長のために、自分自身の可能性と潜在能力を頼みとする。
  7. 【認識が絶えず新鮮であること】 人生の基本的なモノゴトを、何度も新鮮に、純真に、畏敬や喜び、驚きや恍惚感などをもちながら認識し、味わうことができる。
  8. 【神秘的経験─至高体験】 神秘的な体験をもっている。恍惚感と驚きと畏敬を同時にもたらすような、とてつもなく重要で価値のある何かが起こったという確信である。
  9. 【共同社会感情(共同体感覚)】 人類一般に対して、時には怒ったり、いらだったり、嫌気がさしても、同一視や同情・愛情をもち、人類を助けようと心から願っている。
  10. 【対人関係(少数との深い結びつき)】 心が広く深い対人関係をもっている。少数の人たちと、特別に深い結びつきをもっている。これは、自己実現的に非常に親密であるためには、かなりの時間を必要とするからである。
  11. 【民主的性格構造】 もっとも深遠な意味で民主的である。階級や教育制度、政治的信念、人種や皮膚の色などに関係なく、彼らにふさわしい性格の人とは誰とでも親しくできる。
  12. 【手段と目的の区別、善悪の区別】 非常に倫理的で、はっきりとした道徳基準をもっていて、正しいことを行い、間違ったことはしない。手段と目的を明確に区別でき、手段よりも目的の方にひきつけられる。
  13. 【哲学的で悪意のないユーモアのセンス】 悪意のあるユーモア、優越感によるユーモア、権威に対抗するユーモアでは笑わない。彼らがユーモアとみなすものは、哲学的である。
  14. 【創造性】 特殊な創造性・独創性・発明の才をもっている。その創造性は、健康な子供の天真爛漫で普遍的な創造性と同類である。
  15. 【文化に組み込まれることへの抵抗、文化の超越】 いろいろな方法で文化の中でうまくやっているが、非常に深い意味で、文化に組み込まれることに抵抗している。社会の規制ではなく、自らの規制に従っている。

自己実現者に共通する15の特徴*ListFreak

いかに充ち足りるか

山口氏は、いくつかの特徴をピックアップして『マズローが「自己実現的人間」とみなす人は、孤立気味であり、いわゆる「人脈」も広くない』ということになる点に読者の注意を促しています。中野氏も「彼らの友人の範囲はかなり狭い。彼らが深く愛する人々は、数においては非常に少ないのである」というマズローの言葉を引用しています。

そういった点を踏まえてリストを眺めていると、「(自己)充足」という言葉が浮かび上がってきました。何か大きなことを成し遂げたとか、なりたい何かになったとか、そういった過程(過去)があろうがなかなろうが、(現在)自分であることに満足している、自分であることを楽しんでいる人がイメージされます。

そういった自己充足感から生じる自己に対する信頼、すなわち自信が、人類を助けようという「共同社会感情」や、属性を越えて誰とでも親しくできる「民主的性格構造」のベースにあるようにも思います。

そこで、マズローの言う自己実現の定義に遡ってみると、中野氏がマズローの『人間性の心理学』から以下の文章を引用していました。

この言葉は、人の自己充足への願望、すなわちその人が潜在的にもっているものを実現しようとする傾向をさしている。この傾向は、よりいっそう自分自身であろうとし、自分がなりうるすべてのものになろうとする願望といいえるであろう。

人間性の心理学

自己実現(欲求)とは自己充足への願望。とすると、先述のリストは「充ち足りた人」の特徴ということになります。

「いかに充ち足りるか」。この問いからは、内面の充実に意識を向けさせる力と、自分より大きな何かへの貢献への促しを感じます。定点観測のつもりで、この巧妙な問いと先述のリストを眺めてみようと思います。