思考を整理する6つの法則
ポール・ハマーネス他 『ハーバードメディカルスクール式 人生を変える集中力』(文響社、2017年)は、原題を直訳すれば『精神を整え、人生を整える:効率を高めるために脳を鍛えよう』 (“Organize Your Mind, Organize Your Life: Train Your Brain to Get More Done in Less Time”) です。
実際、精神科医とコーチの共著である本書の骨格になっているのは「思考を整理する6つの法則」というものでした。
- 【動揺を抑える】 自分の感情を意識しコントロールする。怒りや苛立ちをいったん脇に置き、集中してやるべきことに取り組む。わき出る心の動揺を素早く手なずけられれば、それだけ早く仕事を終えられ、気持ち良く過ごすことができる。
- 【集中力を持続する】 計画を立てて自分の行動を調整し、段取りよく物事を成し遂げるために、集中力を保ち、周りに潜む様々な誘惑を無視する。
- 【ブレーキをかける】 行動や思考を抑制したり中断したりする。これが苦手な人は、そうすべきでないと分かっていても、今やっている行動を延々と続けてしまう。
- 【情報を再現する】 注意を向けた情報を蓄え、たとえその情報が完全に視界から消えても、分析と処理を行って今後の行勣に役立てる。この能力には作業記憶がかかわっている。
- 【スイッチを切り替える】 いつでも、突然のニュースや格好のチャンス、土壇場での計画変更に対応する準備ができている。こうした思考の柔軟性と適応性を、注意の転換と呼ぶ。
- 【スキルを総動員する】 1~5の諸能力を総動員し、目の前の問題やチャンスに対応する。
思考を整理する6つの法則 – *ListFreak
このリストは書籍本文からの要約なのですが、「思考を整理する法則」そのものが今ひとつ整理されきっていないように感じます。
内容もやや散漫で、ここで引用したくなるような文章が見つからなかったのですが、すっきり考えるためのスキルというテーマ自体は魅力的です。そこで、自分なりにすこし揉んでみようと思います。
「思考が整理されている」とはどういうことか
脳じたいの生得的な性能も、仕事や生活の状況も、一般人と変わらないのに、思考が整理されている。その人が発揮しているのが、先の6能力である。そう仮定して眺め直してみます。
そもそも、思考の整理を妨げるものは何か。自分の内と外、つまり自分自身の雑念と環境からのシグナルに大別できるでしょう。
外からのシグナルを無視できればよいのですが、そうもいきません。いま集中して思考している仕事の方向を変える重要な情報が入ってきたならば、その情報は組み入れるべきでしょう。あるいは緊急対応を求められ、思考をいったん中断しなければならないケースもあります。
思考が整理されている人は、そういった外からのシグナルへの対応が上手なのでしょう。つまり、一つの思考に集中できるだけでなく、複数の思考を「切り替える」のがうまい。マルチタスクを試みて混乱するのではなく、思考の対象を動的に並べ替えつつ、今ここで考えるべきことについて集中して考えられらる。その観点で、6能力を整理してみます。
まず大元にあるべきなのは、上述のような流動性を受け入れて対応を図れる、思考の柔軟性と適応性。この言葉が含まれる【スイッチを切り替える】という発想と能力が欠かせません。
次に、実際に複数の考えごとを切り替えられなければなりません。「切り替え」という能力を分解すると、「今考えていることをいったん中止する」ことに加え、まったく新しい考えごとでない限りは、「仕掛かっていた考えごとを復元できる」ことも必要です。これはそれぞれ【ブレーキをかける】【情報を再現する】に、大まかに対応していると言えるでしょう。
最後に、そのようにして選んだ考えごとについてきちんと考え抜けること。これには【動揺を抑える】【集中力を持続する】が当てはまりそうです。
残った【スキルを総動員する】は、他の能力を使いこなすというメタな視点で定義されているので、最初のカテゴリに含めてしまいます。
結果として「思考が整理されている」とは次の3つができていること、と言えそうです。
- 今・ここで何を考えるべきか、柔軟に判断できる
(【スイッチを切り替える】【スキルを総動員する】) - 複数の考えごとを切り替えられる
(【ブレーキをかける】【情報を再現する】) - 今・ここで考えるべきことに集中できる
(【動揺を抑える】【集中力を持続する】)
こうしてみると、本書の独自性は邦題の「集中力」というよりはやはり「思考の切り替え力」にありそうです。すこし辛い評を書きましたが、当該章だけ再読してみようと思います。
付録:『「明晰さ」の条件』再訪
整理された思考、というテーマは、数年前に書いた『「明晰さ」の条件』というノートを思い出させてくれました。
そのときは、
『意志決定に関していえば、あいまいなことも含めて多くの要素を考えに入れ、なおかつ自分の決断に至るプロセスをはっきり示せる人を見るとき、われわれは「ああ、このひとは明晰な人だ」と感じるのではないでしょうか。』
と前置きした上で、次のような条件を考えました。
- 覚醒していること(知能を適切に働かせられる覚醒状態であること)
- [情]感情の調整ができること(感情の認識・利用・理解・調整ができること)
- [知]論理的推論がたしかであること(深く・広く・長い注意力、記憶・想起力、論理力を発揮できること)
- [意] 人格が一貫していること(意思決定が当人なりの基準に照らして安定していること)
「明晰さ」の条件 – *ListFreak