ファクトチェックとは
『ファクトチェックとは何か』という本を読みました。『ファクトチェックについて日本で初めて詳しく紹介する本です。』と始まっています。さっそく「日本で初めて……といえるファクトが添えられていないぞ?」と感じてしまいましたが、後に「ファクトチェックは重要なことに絞って行う」という原則が一般的であることを学びました。
次に学んだのは、ファクトチェックは「事実確認」ではなく、ある事実に基づいた「言説」(Statement) の論理的な正しさを主な対象としているということです。ということは、持ち出された事実の正誤を検証するだけでなく、本来示されるべき事実の欠如も指摘できなければなりません。
例えば「出生数が死亡数を下回り続ける」ので「日本の人口は今後減少していく」という言説があったとします。まずは「出生数が死亡数を下回り続ける」という見込みの正しさが示されているかどうかをチェックすることになるでしょう。これは未来の予測なので、どこまで突き詰めても「事実」にはなりませんが、客観的で妥当な見込みだと評価できたものとします。
しかし、今後大勢の外国人が日本国籍を取得すれば、人口は増加するかもしれません。それ以上に日本国籍を放棄する日本人が増加すれば、やはり人口は減少するかもしれません。そう考えると、上記の見込みに、転入人口を加えて転出人口差し引いてもなおそうだと言えなければならないことになります。
そういうチェックをするファクトチェッカーに求められる能力は、どんなものでしょうか。基本的に、根拠となる事実を集める責任は言説を述べる側にあるとするのが一般的なようなので、リサーチ能力ではなさそうです。示された事実だけを見るのではなく、そもそもある言説を成立させるために必要な根拠は何かを考えるのが重要だとすると、いわゆる批判的思考力といえそうです。
本書では、ファクトチェッカーの資格とでもいうべき「ファクトチェック綱領(国際ファクトチェックネットワーク)」や、真偽の分類例としてよく知られている「Truth-O-Meter (真偽の6レベル / Politifact)」など、ファクトチェックやそれを実施する組織の現在の動向がコンパクト(本文は70ページ弱)にまとめられていました。
ファクトチェックの5原則
なかでも、ファクトチェックに臨む姿勢について、一例として挙げられていたアフリカの組織「アフリカ・チェック」が掲げている5原則が分かりやすく印象に残りました。HPから翻訳したものをお目にかけます。
- 事実についての言説を検証する(意見の正しさは対象としない)
- 立証の責任は発信者にある
- 重要なことを対象とする
- その時点で公開されている最善の証拠に基づく(オフレコ情報は使わない)
- 誤り・新しい証拠・よりよい証拠が見つかった場合は、再検証して必要に応じ訂正・更新していく
ファクトチェックの五原則(アフリカ・チェック) – *ListFreak
- では、意見そのものの正しさは検証対象としないと書かれています。これは先の例で言えば、こういうことでしょう。
「日本の人口は今後減少していく」が正しい言説だったとします。それを話者が根拠として「移民を受け入れるべきだ」という言説を引き出したとすると、ファクトチェッカーはどう考えればよいのか。
おそらくは次のような論理構造を想定するのでしょう。
- 小前提1:日本の人口推移は出生+転入-死亡-転出の推移予測で計算できる
- 小前提2:出生数・死亡数・転出数の推移には大きな変化が起きない(=人口を増やす因子は転入増しかない)
- 大前提:現在の人口を維持していくことが日本国民の幸せにとって必要だ
- 結論:日本は転入者(移民)によって現在の人口を維持すべきだ
小前提がいわゆる「ファクト」で、第三者が検証できる類いの情報です。しかし言説の多くは不確かな未来に向けての行動を選択しようとする、つまり意思決定に関わるものであり、ファクトを並べていくだけでは結論を引き出せません。意思決定に欠かせないのは「大前提」の部分です。個人であれば価値観、組織であれば理念などを「大前提」に置き、その前提に沿ってファクトを解釈するわけです。
ファクトチェッカーは、大前提については判断せず、必要な小前提(事実)が揃っているか、それぞれは確かか、妥当に解釈されているかといった、主張と根拠(のうちの事実)との関係をチェックする役割に特化していると理解しました。
ファクトチェックによって浮き彫りになる「意志」
意見そのものの是非を論じることには踏み込まないとはいえ、ファクトチェックは意思決定を吟味するうえで大きな役割を果たすと感じました。
ファクトチェックとは、ある言説を引き出すための根拠を丁寧に洗い出し、第三者が検証できるものとそうでないものに仕分けをし、前者についての真偽を検証する作業です。その作業によって、「第三者は検証できないけれど当事者が意思決定の根拠にしている」何かが浮き彫りになってきます。
それは、我々はこうありたい・こうあるべきという主観。前述の「大前提」です。ファクトチェックを手際よく済ませることは、その大前提を信じられるかどうかという、もっとも重要で厳しい決断に向き合える時間を多く創出することにつながります。