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コンセプトノート

679. 決断疲れを防ぐ、はね返す

決断疲れ

Fighting Decision Fatigue“(決断疲れと戦う)という3分間強の楽しい動画を観ました。語り手は米メリーランド大学スミス・スクール・オブ・ビジネス講師のNicole Coomber。『現状から抜け出せなくなったり無謀な行いをする前に「決断疲れ」をなくす方法』(GIGAZINE)という日本語サイトで紹介されていました。

ずばり「決断疲れ」というページがWikipedia日本語版にあります。そのくらい、研究されているテーマです。それによれば決断疲れとは『意思決定を長時間繰り返した後に個人の決定の質が低下する現象』。

質が低下するとはどういうことか。動画では2つの現象が指摘されていました。一つめは、自己コントロールの低下。決断に疲れると衝動が理性に勝り、後から冷静に考えると後悔するような決断をしがちになります。二つめは、現状維持バイアスの強化。決断に疲れると、何かを変えるよりは現状(Status quo)を保つような決断をしがちになります。

ひらたく言えば「疲れると、感情的に決めたり、決めること自体を投げたりしがち」という感じで、日常的に馴染みのある現象です。

決断疲れを防ぐ”VARI”

ではどうすべきか。動画では4つのステップが紹介されていました。翻訳・意訳・編集したものをお目にかけ、補足します。

  • Value(価値観):最終価値(Terminal value、「平和な世界」など究極的に望ましい状態)と手段価値(Insrumental Value、「寛容」など最終価値に到達するための態度)の双方のリストを作る
  • Automation(自動化):自動化できる決断は、ルーチンを作る(天引きによる貯金など)
  • Rational Decision Making(合理的決定):自動化できない複雑な決断は、価値観を基にして作った判断基準で選択肢を評価する
  • Intuition(直感):合理的決定に満足できない場合は、直感に頼る。連想、情動の力などを活かす。

決断疲れを防ぐ”VARI”*ListFreak

最初に、価値観をはっきりさせておく。困難ですが避けられないステップです。
ここでは最終価値と手段価値という言葉が出てきます。調べてみるとミルトン・ロキーチという社会心理学者が提唱した枠組みのようです(1) 。それぞれが指すものについて、ロキーチの研究を訳してくれている論文がありました(2)ので、要素だけ引用します。

【最終価値】 快適・豊かな生活 / 刺激的・活動的な生活 / 達成感 / 平和な世界 / 美しい世界 / 平等・機会均等 / 家族の安全 / 自由・独立 / 幸福・充足 / 内面の調和 / 成熟した愛 / 国家の安全 / 喜び / 救済・永遠の生命 / 自尊 / 社会的承認 / 真の友情 / 叡智・博識

【手段価値】野心溢れる・勤勉な / 心が広い / 有能な・実効力がある / 陽気な・楽天的な / 潔癖な・几帳面な / 勇気のある / 寛容な / 人を助ける / 正直な・誠実な / 想像力のある・創造的な / 独立心のある・自立している / 知性溢れる・聡明な / 論理的な / 愛情深い / 素直な・従順な / 礼儀正しい / 責任感のある / 自制心のある

原典を示すことができないのですが、たしかこの二分法は古くからあります。

最終価値(Terminal value)は本質的価値(Intrinsic value)とも呼ばれます。「最終」にせよ「本質」にせよ、その意味合いは「なぜそれに価値があるのか」を問う必要がない、あるいは問うても答えがない、無条件で究極的な価値だということです。それにつながる価値が手段価値です。

第2ステップ以降は、読んで字のごとくです。自動化する、価値観から引き出した基準に従う、直感に頼る。このような方略を決めておくこと自体もまた一種の自動化ですから、決断疲れを予防する効果があるでしょう。

楽しく決める

動画を楽しく観たものの、何かが足りない気がしました。どこか元気がないような印象を受けるのです。「決断疲れを起こさないためには、認知的な負荷を最小化すべき」という前提にのみ則って考えられているように感じられるのです。

疲れは、退屈さかげんによって増えも減りもします。決断を楽しくすることによって疲れにくくさせる方略もあってよいのではないでしょうか。

ちょうど、上の動画の関連動画として “What if? The key to making good decisions | Nidhi Kalra(TEDxManhattanBeach)” が見つかりました。

こちらは、難しい決断にあたって大量の What-if(もし~なら?)を問いかけていくことで、Robust solution(たしかな解決策)を導けるという内容です(3)

成功/失敗どちらかのシナリオを予測し、それに賭けようとするやり方では、うまく決められない。結局、未来は見通せないのだから。話者は、個人的な買い物からペルー共和国における水不足問題まで、大小さまざまな事例を挙げながら、最善から最悪までさまざまな What-if を問いかけることが視野を広げ、良い決断を導くという説得力のあるプレゼンテーションを行っています。

VARIと組み合わせるのがよいでしょう。価値判断の基準を明らかにし、自動化により無駄を省いた上で、大事な決断にしっかりエネルギーを注ぐ。そのとき「合理的か、しからずんば直感か」ではなく、What-if で広く考えて解の可能性を広げる。

VARI+可能性 でVARI-ABLE、つまりVARIable(変数)というのはどうでしょうか。


(1) Rokeach, Milton. The nature of human values. Free press, 1973.

(2) 坂野朝子, et al. “「価値」 の機能とは何か: 実証に基づく価値研究についての展望.” 心理臨床科学= Doshisha Clinical Psychology: therapy and research 2.1 (2012): 69-80.

(3) What-if については「What-if(仮説を立て)、If-then(対策を練る)」や「なぜ、もし、どうすれば」というノートでも扱いました。