AQ(逆境指数)とストップ!法
AQ(逆境指数)という概念に興味があり、提唱者のポール・G. ストルツによる『すべてが最悪の状況に思えるときの心理学―AQ逆境指数』(きこ書房、1999年)に目を通しました。
「逆境」に着目するという発想が面白いし、逆境に立ち向かう力や知識の多寡を指数として定量化する試みも野心的です。
理論の紹介は別の機会に譲ります。注意を引かれたのは、逆境に陥ると悲観的な考えが増幅しがちなので、「過剰な悲観」をいったん止めるべしという部分でした。お気に入りの「動揺を切り抜けるための”SOS”」の、最初のS(ストップ)を拡充してくれそうです。
- 【Stop(止まる)】一拍置いて情動をやり過ごす。感情にまかせて反応しない
- 【Observe(観察する)】状況・自他の感情を観察し、隠れた意図や要求を考える
- 【Select(選択する)】目的を考慮し、最善の行動を選ぶ
動揺を切り抜けるための”SOS” – *ListFreak
実際、まさに「ストップ!法」という名で、8つのテクニックが紹介されています。
- 手のひらで硬い物体を叩き、「ストップ!」と叫ぶ
- 関係のないものに注意を集中する
- 手首に輪ゴムをはめ、パチン!とはじく
- 関係のない行動で気を紛らす
- 運動し、心身の状態を変える
- 目的に再び焦点を合わせる。「自分はなぜこれをしているのか」
- 小さくなる
- 他人を助ける
過剰な悲観から抜け出す「ストップ!法」 – *ListFreak
1から5が「そらし法」、6から8が「再構成法」という2つのカテゴリーにわかれています。前者がシンプルに気をそらす方法で、後者はものの見方を変える方法。
「そらし法」の5つは読んで字のごとくですね。6も8も、取るべき行動はタイトルから予測がつきます。意味がわからなかったのが「小さくなる」という方法。どういう意味で小さくなるのか、それが「過剰な悲観」をどう防ぐのか。
「過剰な悲観」に陥らないために「小さくなる」
本文では次のように解説されていました。
小さくなるというのは、まわりを取り巻くものに比べ、自分が小さく見えるような状況に自分を意識的に置くことである。
たとえば、山に登る、海岸を歩く、星を眺める。大自然の中に身を置くと、自分の問題が小さく見えてくる。あるいは、オペラやミュージカルを観る、美術館に足を運ぶ。非凡な才能に触れると、自分の存在の小ささを実感できる。著者はそう説いていました。
なるほど。「過剰な悲観」に限らず、過剰な怒りでも自信でも、とにかく一つのことで頭がいっぱいになってしまったときに使えそうです。いったん理解すると、「自分の小ささを感じる状況に身を置く」といった正確な表現よりも、「小さくなる」のほうがニュアンスを捉えていて、よい表現のように思えてきます。原書では “Get small” 。うまく直訳してくれたものです。
「過剰な全能感」から抜け出るために「試してみる」
「過剰な悲観」の話を読んで思い出したのは、これとは逆の「過剰な全能感」についてのチェスタトンの短編です(1)。主人公は、おとなしい若者のふとしたしぐさから、彼が頭の中で「過剰な全能感」を育て始めていることに気づきます。このままでは若者は狂気に落ちて自分を神とみなすだろう。そう気づいた主人公は、ある荒っぽい方法で彼に無力感を味わわせることで妄想の世界から現実に引き戻す、という話です。
過剰でない程度の全能感は、実のところ誰もが持っているものです。ティム・ハルフォードは、TEDトーク「試行、錯誤、そして全能感ゆえの固定観念」でそれに”God Complex”、「自らを神と思い込む固定観念」という呼び名を与えています。人が持つ、傲慢なまでの「わかっているつもり」感を排するために、「試行錯誤する」ことの重要性を訴えています(2)。
思い込み予防のために「小さくなる」「試してみる」
「過剰な悲観」も「過剰な全能感」も、「放置すると増幅するという」点では同じです。そしてその対策である「小さくなる」も「試行錯誤する」も、「現実と自分をつなげる」という点で同じです。
ただ、解決策はわかっていても、そもそも自分が問題を抱えている、つまり過剰な思いに囚われていると気づくのが難しい。となると、予防のつもりで常にちょこまかと、「小さくなったり」「試してみたり」するのがよさそうです。
(1) G. K. チェスタトン、「ガブリエル・ゲイルの犯罪」、 『詩人と狂人たち』(東京創元社、1977年)所収。わたしが読んだのはこの福田恆存訳ですが、東京創元社からはその後中村 保男訳と南條 竹則訳が出ています。
(2) 全能感と試行錯誤(を避けること)の関係は、「全能感を維持するために「なにもしない」人達」(シロクマの屑籠)にもわかりやすく書かれていました。