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コンセプトノート

648. 認知的流暢性

『易しい=真実』 (“Easy = True” – The Boston Globe) という記事を読みました。これは「認知的流暢性」(congnitive fluency) という概念についての研究結果を紹介する2010年の記事。心理学的にホットなトピックとのこと。2009年に充実した総説(1)が出たりして、注目を集めた用語のようです。

認知的流暢性とは

認知的流暢性とは認知的ななめらかさ、言い換えれば「理解しやすさ」「わかりやすさ」「のみこみやすさ」です。われわれは認知的流暢が高いほうを好む傾向があります。以下、先述の総説から、流暢性が我々の認知にどのような影響を及ぼしているかをまとめました。なお「流暢性」という用語はは流暢性が低いので、なるべく使わないようにしてみました。

  • 【真実性】なめらかな文章のほうが真実味があると思われる
  • 【好み】見やすい・わかりやすい・選びやすい選択肢が好まれる
  • 【自信】読みやすい字体のほうが自信につながりやすい
  • 【親しみ】読みやすい字体のほうが親しみを感じる
  • 【知能】わかりやすい文章の書き手は賢いと思われる
  • 【評価】発音しやすい企業のほうが株価が高い
  • 【名声】見慣れた顔のほうが有名になりやすい

なぜ、認知的流暢性が高い方が好まれるのか

記事では、認知的流暢性の高さは親しさ (familiarity) のシグナルだろうという仮説が紹介されていました。親しさは安全のシグナルです。人類は身の危険をすばやく判定するために、安全だと判断したものについては「親しみ」という情動ラベルを貼って注意を向けずにすむようにしてきました。そのようにバイアスをかけることで、注意という希少な資源を未知の、つまり安全性が確認されていない対象に向けることができます。

しかし実際には、悪いニュースでも何回も聞いているうちに気にならなくなってしまう、ということがあります。親しさは「慣れ」と訳したほうがよいかもしれません。「慣れ」というと思い出されるのが次に示す情緒的適応のモデル。

  • 【注意 (Attend)】 自分に関係する、説明のつかない事象に注意を向ける
  • 【反応 (React)】 感情的に反応する
  • 【説明 (Explain)】 説明をつける(理解する)
  • 【適応 (Adapt)】 適応する(注意や反応のレベルを下げる)

情緒的適応のAREAモデル*ListFreak

良くも悪くも、説明がつけば、情緒的に適応する。説明がつくということは認知的流暢性が高まったことと言えるでしょうから、両者はあいまって「慣れ」のプロセスを説明しているように思えます。

認知的流暢性にコントラストをもたらすには

この知見を、たとえば人に何かを説明する行為、プレゼンテーションや報告などにどう活かせるか、考えてみたいと思います。基本的には認知的流暢性を高めたほうが理解されやすいので、シンプルな言葉を読みやすい字体で繰り返し示せばよい……はずですが、そう簡単でもありません。先の定義に従えば、認知的流暢性が高いイコール安全イコール注意を払わなくてもよい、ということになってしまうからです。

実際、読みづらい字体で書かれた設問のほうが注意深く読まれるという実験もされていました。ぱっと見てわからない情報には注意を向けて安全度を判定するために時間をかけるからでしょう。

とすると、説明全体としては認知的流暢性が高い状態を保ちつつ、考えて欲しいポイントでは流暢性を下げるといったコントラストをもたらすのが望ましそうです。だからといって、肝心なスライドで読みづらいフォントを使うのは副作用が大きく得策でないように思います。

ポイントで興味を引くために、わかりづらくする……。思いついたのは「逆説」です。このノートで過去何回か引用していますが、敬愛すべき作家 G. K. チェスタトンは逆説を「人目を引くために逆立ちしている真理」と呼びました。考えてみると「興味を引くために、わかりづらくする」という表現自体が逆説的で、しかもチェスタトンの定義そのままです。「よく理解してもらうためには、理解しづらくなくてはならない」とすればチェスタトン風の逆説が一丁上がりです。

問題は、気の利いた逆説をどれだけひねり出せるか。逆説をものすための工夫を探してみたいと思います。


(1) Alter, Adam L., and Daniel M. Oppenheimer. “Uniting the tribes of fluency to form a metacognitive nation.” Personality and social psychology review (2009).