犯意の原則
経理部からあなたに内線電話がかかってきました。部下のAさんが出張経費を過大に申告していたとのこと。部長のあなたはAさんから事情を聞いたうえで、何らかの処遇を考えなければなりません。 どのように考えますか?
おそらくは「罪の大きさ」を測り、それに「応じた罰」を考えなければならないでしょう。前者の「罪の大きさ」を測るためには、たとえば「影響の大きさ」と「意図の悪質さ」の2つの枠組みで考えるかな、と思います。「影響の大きさ」は結果を評価する論点で、さらに不正申告と見なされる金額はどれほどか、それをAさんが返せるかといった小論点で評価します。
悩ましいのは「意図の悪質さ」。以降、本ノートでは意図をどう測るかに焦点を当てます。
これはAさんの行動特性、ひいては人間性を推し量る材料になりますから、長期的にみれば「影響の大きさ」よりも重要な情報です。しかし「わざとやったのか」という大ざっぱな問いでは「はい/いいえ」という大ざっぱな答えしか期待できません。「どうしてやったんだ」と聞けばいろいろ話してくれるかもしれませんが、こちらで何らかの基準を持たなければ、聞いても判断できません。「まず聞いてみよう」と考える前に準備が必要そうです。
そんなときに役立ちそうなフレームワークが「犯意の原則」。マイケル・S. ガザニガ『〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義』(紀伊國屋書店、2014年)で出会いました。ざっくり言えば、罪を意図の強弱で4分類して強い順に並べたリストです。カジュアルな訳をお目にかけていますが、分類そのものは米国の模範刑法法典で採用されている本格派?です。
- 【目的をもって (purposely)】 その行為あるいはそれが引き起こす結果を目的として行動した
- 【知りながら (knowingly)】 その行為の性質が善か悪か・合法か違法かを自覚していた
- 【無謀に (recklessly)】 正当化できない重大なリスクを意識的に無視した
- 【過失により (negligently)】 意識すべきだった重大なリスクや既知のリスクをつくりだした
犯意の原則 (mens rea) – *ListFreak
わざと、知ってて、いいかげんに、うっかり
上記のリストでもまだ固い感じがしますね。ひらたく言えば「わざと・知ってて・いいかげんに・うっかり」やったという感じでしょうか。
「犯意の原則」をものさしに、Aさんの報告を分類してみましょう。
- 【目的あり】「こづかい稼ぎのためにやりました」
- 【目的なし】「過大申告するつもりはありませんでした」
- 【知識あり】「過大申告が不正だと知っていました」
- 【知識なし】「よくある話で、不正とは思いませんでした」
- 【無謀あり】「忙しくて規定を読めず、まあいいやと思いました」
- 【無謀なし】「規定を読み、正当な申告を心がけました」
- 【過失あり】「規定の存在に気づきませんでした」
- 【過失なし】「規定を完全に遵守しました」
どれかが「あり」であれば過失なしとはいえないわけです。罪の重さも違えば、罰の種類も違ってくるでしょう。
「いいかげん(無謀)」や「うっかり(過失)」は、ふだんは「悪気は無かったのだからしかたない」で片付けがちです。ちょっと抜けているくらいが人間味があっていい、とさえ思われるかもしれません。しかしひとたび実害が出れば、罪になり得るわけです。たとえばわたしが「うっかり」忘れ物をしたせいで講義が成立しなかったとすれば、それはわたしの罪です。第三者が見て意識すべき対象であれば、「うっかり」忘れた、は免罪符になりません。肝に銘じねば。
道を踏み外さない原則
罪と罰の話で終わるのも味気ないので、前向きに転換してみます。「犯意の原則」は、どれかひとつに引っかかればアウトなわけです。そこで犯意の原則を裏返して犯意を問われないためのリスト、いうなれば道を踏み外さない原則を作成してみました。
- 【目的をもって (purposely)】 その行為と帰結を目的として意識して
- 【知りながら (knowingly)】 その行為の善悪を自覚しつつ
- 【思慮深く (thoughtfully)】 よく考えたうえで
- 【注意深く (attentively)】 注意しながら
行動する。