0.5秒の中に0.2秒の間(ま)をつくり出す
『すべては「先送り」でうまくいく 意思決定とタイミングの科学』を読みました。先送りというと、本来の期限を後ろにずらすというニュアンスを感じますが、そういう話はほとんどありませんでした。著者のメッセージはシンプルで、拙速を避けて「ため」を作れというものです。最終章から引用しましょう。
決断するにあたって与えられた時間を考え、最大限どれだけの時間をかけて観察し、起こりうる結果について情報を処理することができるか、それを見極めることが重要なのだ。
ビジネスや政策上の意思決定であれば、うなづけます。元ニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニの決断もそのようなスタイルでした(参考:「熟慮、しかるのち決断」)。
しかし著者は本書で、この原則が意思決定のタイムスケールに依存せず成立すること示そうとしています。その点に興味を引かれました。
たとえばテニス。トップの世界では、サーブが放たれてから打ち返すまでの時間は0.5秒しかないといいます。リターン(サーブを打ち返すこと)がうまい選手とそうでない選手の差は、どこにあるのか。要約すると次のような違いがあるとのことです。
【ふつうの選手】見る(0.2) - 打つ(0.3)
【リターンの名手】見る(0.2) - 準備(0.2) - 打つ(0.1)
最初の0.2秒(見る)は、相手がサーブを打ったのを見て、体が動き出すまでの時間。この時間は素人でも玄人でもそれほど変わらないそうです。ということは、違いは残り0.3秒の使い方にあることになります。
簡略化していえば、ふつうの選手は0.3秒を「打つ」ことに費やします。「ふつう」といっても、24m(コート長)÷0.5秒間 ≓ 平均時速173キロのボールを打ち返せるわけですから、世界でも一握りの存在ではあります。
その中でもリターンの名手と呼ばれる選手は、まずスイングが早い。そのため、「見る」と「打つ」の間にほんの少し、0.2秒ほどの間を作れます。その間を打つ準備に充てられるので、リターンの精度が高くなるとのことでした。
このテニスの事例は、本書の最初のほうに登場します。
まず観察し、次に処理し、そして最後の最後で行動するという超高速のアスリートのアプローチは、プライベートや仕事の判断でも有効だ。
著者はこのように述べ、本一冊をかけてこの言葉を実証し、冒頭で引用した最終章の言葉に結びつけていきます。
観て、考えて、動く
テニス、野球、クリケット、フェンシングといった超高速のスポーツにおいても、一瞬の中に間を作り出せるという事実には、勇気づけられるものがありました。最近の個人的な研究テーマである「一拍」の有効性や実現可能性を支えてくれる情報だからです。
下記が、一拍を活かすためのステップです。「動揺を切り抜けるため」としていますが、実際には「その場でよい選択をするため」と一般化しても通用すると考えています。
- 【Stop(止まる)】一拍置いて情動をやり過ごす。感情にまかせて反応しない
- 【Observe(観察する)】状況・自他の感情を観察し、隠れた意図や要求を考える
- 【Select(選択する)】目的を考慮し、最善の行動を選ぶ
動揺を切り抜けるための”SOS” – *ListFreak
本書から学んだのは、よく【観察】するためには【選択】のスピードを高める練習をすべきということでした。リターンの名手がスイングの速度を上げて準備の時間をつくり出しているように、選択の方法論を定めることで、観察・考察のための間を作り出せるはずです。
しかるべきタイミングが来たら決められるよう、決め方を決めておく。そのうえで、期限いっぱい観察して、決めるための情報を集める。そんな観点で、日常の決定を見直してみたいと思います。