カテゴリー
資料

グラデュエーション デイ―未来を変える24のメッセージ


ミニレビュー

アメリカの大学の、卒業式における講演(Commencement speech)を24集めた本。通常は大学のOBが話すようです。本書に収録されたスーザン・ソンタグのスピーチによれば、「この季節になくてはならないマイナーな文学の一形式」(太字は引用者による)とのこと。2005年にはアップルCEOのスティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学で素晴らしいスピーチを披露し、話題を集めました。

1998年に出版された本書が2007年に翻訳・出版されたのは、このCommencement speechへの注目と無縁ではないでしょう。IT業界ではジョブズ氏同様に尊敬を集めるティム・オライリーのスピーチ(2006年のカリフォルニア大学バークレー校の卒業式)を追加しているのも、それを裏書きしているように思えます。

スピーカーは、日本でも知られた著名人ばかり(下にスピーカーの一覧を目次から引用しておきます)。そして、とてもよく練られたスピーチばかり。要約は難しいので、ここに掲載されたスピーチに共通している点を抽出してみます。

まず、個人的な経験を語っていること。たとえば女優のジョディ・フォスター。

引用:

 

実は、私、ここで学んだことを何一つおぼえていないのです。正確な日付、あるいは引用文、難解な参考書、どれ一つおぼえていません。ただ、これはおぼえています。大勢の友だちと腕を組んで、声を限りに歌ったことを。すぐそこの通り、ハイストリートをよろよろ歩きながら、笑って、歌って、忠誠を誓ったことも。本当に触発され、夢中にさせられたものへの忠誠を。私は今も、その特別の旗に対する忠誠を変えていません。あの晩のことはほかに何も思い出せないのですが。

そして、主張があること。さすがにプロパガンダめいたスピーチはありませんが、あたりさわりのないスピーチよりは、個人的な信条をはっきりと述べているスピーチが記憶に残りました。たとえば、文筆家のラルフ・ウォルド・エマーソンが1838年に行ったスピーチ。舞台がハーバード神学校であることに注目。

引用:

 

この観点からすると、我々は歴史的なキリスト教の欠点を意識せざるをえません。歴史的なキリスト教は、あらゆる試みを布教へつなげるという過ちに陥りました。我々にとって、それは魂の教義ではなく、人間、実在、儀式の誇張した表現としか見えませんし、実際、長年、そのとおりだったのです。イエスというペルソナについての有害な誇張にこだわってきたし、今もこだわっているのです。

そしてもう一つ、レトリックに気を配っていること。たとえば元軍人にして政治家のコリン・パウエル。

引用:

 

 私たちが卒業したのは、ネルソン・マンデラが南アフリカに対する反逆で裁判にかけられた時代でした。一九六四年には、彼は終身刑を宣告されて投獄されています。
 皆さんが卒業されるのは、ネルソン・マンデラが自由人になった時代です!彼とデクラーク大統領、その他の進んだ指導者たちは、一致協力して、アパルトヘイトを完全に打ち壊そうとしています。

パウエル氏が卒業した1958年とスピーチが行われた1992年とが、「私たちが卒業したのは、〜時代でした」「皆さんが卒業されるのは、〜時代です」という対句の繰り返し(6回)、語られます。自分たちが飛び込む社会はそのような変化の果てにあり、これからも同じ(あるいはそれ以上の)勢いで変化していくだろうということが、臨場感を持って実感できます。

大学卒業など遠い昔の話だという諸兄にとっても、例えば転機を迎えたときに読めば、勇気が湧いてくる内容です。また自分が講演をする際の参考にもなります。母校で講演する機会はないとしても、仮にするとしたら後輩に何を語れるかと考えてみるだけで、自分の生き方を見直すきっかけになるのでは。