764. 知恵の働かせどころ

先を読む、人を読む、中道を行く

教育者の森 信三は、人間の智慧とは次の三つだろうと述べています。一読して納得できる三か条でした。森の言葉を収録した『森信三一日一語』からの引用です。

  1. 先の見通しがどれほど利くか
  2. 又どれほど他人の気持ちの察しがつくか
  3. その上何事についても、どれほどバランスを心得ているか

智慧の三要素(森信三)*ListFreak

知恵とは実践解

なぜ一読して納得できたのか。すこし掘り下げて考えてみたくなりました。

一読して納得できたのは、この三か条が智慧という言葉のイメージとよく合っていたからでしょう。であれば、まず自分のイメージを言語化せねばなりません。智慧・知恵・智恵は仏教用語や哲学用語でもあるので、一般的な「知恵」に置き換えたうえでマイ定義を組み立ててみます。

「知識がある」というより「知恵がある」と呼びたくなる人には、何があるか。「情報の蓄えが多い」だけでなく、それらを組み合わせて「状況に合わせた具体的なアイディアをその場で思いつける」力があります。

「思考力がある」というより「知恵がある」と呼びたくなる人には、何があるか。「論理的に推論して妥当な答えを導ける」だけでなく、必ずしも論理的でない人間心理などを汲んだうえで「世の中で通用しそうな答えを思いつける」力があります。

そんな比較を経て、わたしなりに知恵を定義すると、知恵とは「その場で」「実際に使える」「具体的な行動案を」「思いつける」頭のはたらきです。一言に凝縮するなら、知恵とは「実践解」です。

実践解という観点から三か条を見直すと、納得しやすかったわけが見えてきます。

未来と人間関係は、われわれを悩ませる二大状況といっていいでしょう。だから「1. 先の見通しが利く」「2. 他人の気持ちの察しがつく」人は知恵者と呼ばれます。

そういった不確かな状況に置かれると、人はつい極端な選択をしがちです。急なストレスにさらされれば闘争-逃走反応が生じますし、じっくり考えられない状況では二分法的思考(白か黒か、YesかNoか)が強く働きます。だから「3. 何事についてもバランスを心得ている」人は知恵者と呼ばれます。

知恵のバランス理論

ここまで書いて、4年半ほど前に書いた「知恵のバランス理論」というノートを再読しました。

森の三か条は主に、前二者が知恵を働かせる状況・対象について、三つめが知恵の働かせ方について、述べていることがわかります。実際三つめには「何事についても」とあるので、バランスという考えは前二者にも及ぶでしょう。それを踏まえて、勝手ながら自己流の三か条に書き換えてみます。

  • 短期だけでなく長期的な視点を持つ。
  • 自己だけでなく他者の利害関心を慮る。
  • そういったバランスを、何事についても考えて対処する。

バランスとは「両者の間を取る」「足して2で割る」「妥協する」という意味だけではありません。「知恵のバランス理論」では、適応(環境に適合するよう自己を変化させる)、形成(環境を変化させる)、選択(新たな環境に移動することを選ぶ)といった反応の間でバランスを取ることだという理論を引用しました。

たとえば利害が対立する交渉であれば、譲れるところを譲る「適応」、主張すべきを主張して譲ってもらう「形成」、第3の案を思いつく・前提を変える・敢えて合意しない「選択」、そういった方略を幅広く組み合わせ、粘り強く最善解を探索するという意味合いです。

再考の練習として

こうして考えてきたことを振り返ると、4年半前のノートから進歩がないように思えます。しかし、それほど忘れてもいなかったこと、自分の言葉で知恵を再定義できたことは評価してよいかもしれません。「再考 (rethink) する」というノートでは、再考が学習プロセスの一環であることを学びました。これからも「失敗」や「知恵」というテーマは繰り返し再訪することになる気がします。